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のどが痛い。そうとう痛い。私は、のどが弱い。なにかというとのどを腫らしている。これを書いている今ものどはぱんぱんにはれている。高熱は出ないのだが、体が異常にだるい。倦怠期の夫婦よりだるい。なんとかならないものかと思うが、なんともならない。鼻腔の手術を受ければ何とかなるかもしれないが、それも100%良くなるという保証はないらしい。あきらめて仲良くしていくほかないようだ。
鏡でのどをみるとそれはみごとにはれている。つやつやしてぷくぷくとしていて真っ赤だ。かゆかったり痛かったり、せきが出たりもするみたい。だいたい年中そんな感じ。ちょっと疲れが出ると食欲はすぐなくなり、ともすれば性欲もなくなってしまう。
つらいのが、長時間しゃべること。とくに居酒屋とかがやがやしたところで長時間はなさなしていると確実にのどが痛くなる。30分もするとうなずくことすらだるくなるときがあるくらいつらい。座ろうが立とうがなにをしようが、だるいものはだるい。倦怠期の夫婦よりだるい。私にとって、都合がいいのはつぎのうちのどちらかの人だ。一つは、私がだるいことも気にせず、楽しく話し続ける人。もう1つが、少しずつゆっくりはなせばいいと理解を示してくれる人。つまり、大声で話し続けることさえ強要されなければ、それなりに楽しい時間がすごせる。前者の話し続ける人が苦手という人もいるだろうが、私はべつに苦にならない。むしろ楽しい。自分は顔に似合わず、ひとに気を遣ってしまうタイプだし、まったく周りのことを気にせず楽しく話し続けられる人が好きだ。
おなじように、相手にとっても要求があるだろうと推測する。聞いてるだけではつまらんとか、もっと大きな声ではなしてくれないとイヤとか。つまらないことかもしれないけれど、大切なことだと思う。計算とかをぬきにすれば、私はながながと話したから印象がよくなるとも思えないし、しゃべってしんどくなるくらいだったらやめておこうと思うタイプ。でも、たまにもっとしゃべってと言われることがある。しゃべる必要があればしゃべるし、ほっといてほしいという気になる。のどの調子がわるいときはなおさらだ。
なんだか、自分でもわからないんだけど、ちょっといらいらする。話すことだけでしかコミュニケーションのとれないことにいらいらする。私の話し方もわるいし、相手の聞き方もわるいのかもしれない。いずれにせよ、まったく話していないというわけでもないのに、もっとしゃべってと言われるといらいらする。だいたい、「もっと」ってどれくらいなんだ。いや、違うかもしれない。しゃべれとか人に言うやつにかぎって、しゃべると退屈そうな顔をするからかもしれない。それなら遠慮せずしゃべればいいのに。いらいらする。ことばの端々を聞き漏らし、どこかに吐き捨てる。たぶん、そんなことは大切ではないのだろう。よくわかる。だから、もっとしゃべってとか言ってしまう。
そんなこんなで、長時間しゃべるとつらいのどは、言葉を選んで話させることを覚えさせてくれた。よくもわるくも、短い言葉で多くのことが伝わるように努力するようになった。自分の身を守る本能のような物がそうさせたのかもしれない。
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